患者の避難場所となった川崎学園総合体育館ふるさとの森からの急な坂道を慎重に患者搬送職員玄関に掲げる懸垂幕〈山陽新聞 1997年1月21日付より抜粋 〉 20日午後0時25分ごろ、倉敷市松島577、川崎医科大付属病院の本館東棟(鉄筋コンクリート17階建て)で、16階天井から煙が出ているのを職員が見つけ119番通報した。 倉敷市消防局などから消防車24台が出て消火にあたった。同棟5階から17階までの配管・配電線室内の電線などを焼いたが、約2時間後に消し止めた。入院患者ら約1,500人が屋外などへ避難したが、けが人はなかった。倉敷署や同消防局などによると、配管・配電線室の内部には電線のほかガス、上下水道管などが入っている。5階付近の電線が特に燃えており、同階から出火、階上へ燃え移ったとみられる。(以下省略)701月20日を教訓に「学園防災の日」制定 「火災事故を二度と起こしてはならない」との共通認識のもと、2013年、川崎学園事務職員提案により「学園防災の日」が制定された。火災事故に対し、死傷者を一人も出すことなく対応できたことを貴重な経験として、防災や危機管理意識の啓発向上と具体的な対策を図ることを目的としている。毎年1月20日には懸垂幕を掲げ、職員・学生へあらためて注意喚起し、防災訓練にも力を入れている。避難誘導で深まった連帯感 患者の避難には、医師・看護師など病院スタッフだけでなくさまざまな所属の職員が協力し、患者一人ひとりを搬送あるいは誘導した。突然の出来事だったが、誰もが部署や職種、立場を超えた「一人の人間として行動」し、力を合わせ冷静沈着に対応した。幸いなことにパニック状態にはならず、けが人もなかった。このとき、これまで言葉を交わしたことがないスタッフ同士であっても、自然と仲間意識の高まりを感じた。 多くの学生も率先して避難誘導に加わった。患者を担架に乗せたり背負ったりして、非常灯の明かりを頼りに階段を何度も上り下りする姿が頼もしく映った。 避難場所では、川崎病院と旭川荘の看護師や、医療福祉大学・医療短期大学の看護科教員が応援に駆け付け、病院スタッフと協力して患者を見守り、ケアしながら一夜を過ごした。topics『川崎医大病院で火災』1997年1月20日(月)発生
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